小学生の教科書と広島と原爆
8時15分、昨日はNHKラジオの鐘の音に合わせて手を合わせた。今年も8月6日がやってきた。広島に原爆が落とされた日。今の学校ではどんな風に伝えているのか。ふと感じて小6の子供に、社会科の教科書を見せてもらう。
タイトルは「原子ばくだんの投下と戦争のおわり」。
えっ、このページだけ!?こんなに少ないの。率直な感想だ。
1ページ弱、正確にはタイトル含めて僅か16行の記述。あまりに字数が少ないので数えてみると300字弱、これで何が伝えられるというのか。
このボリュームの少なさと内容、よほど子供達に原爆の悲劇を伝えたくないのか、それとも、教科書に頼らずしっかり教えなさいとの、教師へのメッセージなのか?
なんとも判断に迷うところだ。 左下写真by東京書籍より。クリックすると拡大します。
8月6日の広島、8月9日の長崎は、私達ニッポン人からみれば、米国の落とした原爆によって、一瞬にして、人が街が国土が、殺され焼かれ消された、そんな原爆が落とされた日。それがリアルな現実。
「あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなという風に思っているところだ」 byやめた久間前防衛大臣。
原爆の悲劇によって、結果として終戦が早まったのは事実なのかもしれない。しかし、ここだけはハッキリとしておきたい、
原爆投下、落とされた側が悪いのではなく、落とした側が悪いということ。
この点だけは、どんなチンケな教科書を使ったとしても、ちゃんと子供達に伝えていって欲しいものです。
広島の日、長崎の日、そして終戦の日と、今年も静かに手を合わせる日が続きます。
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コメント
>原爆投下、落とされた側が悪いのではなく、落とした側が悪いということ。
全くの同感です。
記事を読み、あらためて感じました。
右から見ても、左から見ても、どんな理由をつけても、譲ってはならない線だろうと思います。
投稿: ぜん | 2007年8月 7日 (火) 22時36分
>原爆投下、落とされた側が悪いのではなく、落とした側が悪いということ。この点だけは、どんなチンケな教科書を使ったとしても、ちゃんと子供達に伝えていって欲しいものです。
上のような表現では、おそらく問題は永遠に解決されないと思います。
だって、お互いに「あんたが悪い!」、と子供喧嘩のように非難しあっているのですから。
原爆投下は「戦争」のせいで、「戦争」が悪い!、、、のような表現が良いのではないでしょうか。
投稿: すずめ | 2007年8月 8日 (水) 00時58分
ぜんさん、おはようございます。
何日か前にテレビでみてビックリしたのは、子供たちに原爆投下の正当性を説く米国での教育姿勢。ソレって違うだろうって。
落とされた側の感情としては、ハイハイその通りですと、納得することはできませんね。
投稿: バッキー | 2007年8月 8日 (水) 08時34分
すずめさん、おはようございます。
「原爆投下は「戦争」のせいで、「戦争」が悪い!、、、のような表現が良いのではないでしょうか」
確かに結論的には、すずめさんの仰るとおりなのかと・・・・
私の書いた短い表現ごときでは、問題は永遠に解決されないと思います。もう少し広い視野で表現できるよう、これからは少し気をつけたいとおもいます。
ただ、個人的な感情としては、あの広島、長崎へ原爆投下を認めてしまうことは無理です。
投稿: バッキー | 2007年8月 8日 (水) 08時54分
> ただ、個人的な感情としては、あの広島、長崎へ原爆投下を認めてしまうことは無理です。
原爆投下を認めてなくても良いのでは。。。
久間爺の「しょうがない」発言は、ボケ老人のデマカセで論外ですが、
あの原爆投下は、「戦争」によって引き起こされた大惨事ですから、何が悪いと追求するのなら、当時の日本・アメリカ政府が悪いんでしょう。
しかしそんなことを今言っても何も意味が無いので、戦争と原爆のない世界をマジメに訴えるのが正道ではないでしょうか。
あと、久間爺のワザワイの唇には、絆創膏2枚が似合うと思われます。
投稿: すずめ | 2007年8月 8日 (水) 23時09分
すずめさん、こんばんは。
すずめさんの仰るとおり、実を取ることを優先的に考えるべきですね。頭では理解しているのですが、どうしても感情的な面が・・・・
「戦争と原爆のない世界をマジメに訴えるのが・・・・」
この点は全く同感です。
62年も経つと、広島や長崎の原爆の日すらも知らないニッポン人が増えてきている現状、かなり心配にもなりますね。
投稿: バッキー | 2007年8月 9日 (木) 00時36分