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2019年12月 9日 (月)

情報がありながらも救えなかったのか?

画像引用 共同通信社より引用

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アフガニスタンで銃撃され死亡した、NGO「ペシャワール会」現地代表で医師の中村哲さんのご遺体が成田空港に到着した。

帰国にあたってはアフガニスタンのガニ大統領が先頭に立ち、棺を担いで飛行機に乗せた様子。

棺の上にかけられているのはアフガニスタンの国旗。

その一点を見るだけでも、中村さんの現地での功績が分かるというもの。

それにしても残念なのは、日本の外務省は襲撃計画に関する情報を11月中旬までに把握。

一時帰国していた中村さんにも注意喚起をしていたという。

アフガニスタンの地元当局も警戒強化していた中での襲撃。

そんな矢先で事件は起きた。

防げなかったのかな?

きっと、中村さんも「死」の危険性は認識しての現地活動であったに違いない。

それでも、中村さんの残してきた功績を考えると「殺されてはいけない人」

残念の言葉しか見つからない。合掌

 

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